LOGIN「帝……」 胸の奥がじんわりと熱く満たされていく。 すべてを察した上で、あえて踏み込まず、ただ現在の私を丸ごと包み込んでくれる深い器量と愛。 前世で私が渇望し、決して手に入らなかった本物の温もりが、今こうして私を抱きしめている。「ありがとう、帝」 私は彼の首元に顔を埋め、柔らかな髪に指を滑らせた。「私を選んでくださって、本当に嬉しいですわ。……あなたに出逢えて、あなたに愛されて、私は世界で一番幸せです」「……ずるいな」 帝は低く掠れた声で呟くと、私の顎をすくい上げ、待ちきれないとばかりに唇を塞いできた。 先ほどまでの慈しむような優しさは影を潜め、私を骨の髄まで貪り尽くすような、激しく濃密な熱情。 唇を割って滑り込んでくる熱い舌先に、思考が心地よく蕩けていく。「ん……ぁ……帝……っ」「世界一幸せだと? そんな生ぬるいもので終わらせる気はない。君が俺以外の男や過去の記憶など思い出す暇もないほど……一生、俺の愛で狂わせてやる」 独善的で、傲慢で、けれどたまらなく甘い愛の告白。 帝は私を軽々と抱き上げると、リビングの奥、夜景が一望できる広大なキングサイズベッドへとゆっくりと私を沈めた。 シーツに散らばる私の黒髪を愛おしそう
熱狂の渦に包まれた新商品発表会と、その後の盛大なアフターパーティー。 白峰ホールディングスと諸星グループの共同開発による次世代コスメとヘルスケアプラットフォームは、発表と同時に世界中のメディアでトップニュースとして報じられた。 提携発表直後から白峰の株価はストップ高を記録し、海外の巨大ファンドからの出資オファーが殺到。革新的なアイディアを次々に打ち立てる若き女社長として、私の名は名実ともに財界の頂点へと刻まれたのだ。 すべての公式行事を終え、ようやく辿り着いたペントハウスの最上階。 床から天井までガラス張りのリビングには、どこまでも広がる東京のまばゆい夜景。 私は窮屈なハイヒールを脱ぎ捨て、贅沢な革張りソファーへと身体を沈めた。「ふう……っ。長くて、濃密な一日でしたわ」「お疲れ様、我が最愛の妻」 ふわりと背後から温かな気配が近づいたかと思うと、上質なブランケットがそっと肩に掛けられた。 振り返れば、タキシードの上着を脱ぎ、タイを緩めた帝が、シャンパングラスを二つ手に持って微笑んでいる。「お疲れ様でした、帝。……私たちの事業、大成功でしたわね」「ああ。予約注文のサーバーが一時パンクしたらしい。白峰の技術力と諸星の資本が組み合わされば、向かうところ敵なしだ。……だが、俺にとって一番の成功はそこじゃない」 帝はグラスをサイドテーブルに置くと、私の隣に腰を下ろし、逞しい腕で私の腰を軽々と引き寄せた。 「きゃっ……帝?」「君が舞台の上で、世界中の誰よりも美しく輝く姿を特等席で見られたことだ。……あの瞬間、会場にいた全員が君に息を呑んでいた。誇らしい反面、全員の目を潰してやりたい衝動に駆られたがね」「まあ。相変わらず独占欲が強すぎますこと」「君限定だ」 帝は低く喉を鳴らして笑うと、私の黒髪に指を絡め、耳元に熱い吐息を落とした。 そのまま、ティアラを外したばかりの私の首筋――毎夜ごとに彼が残す紅い痕跡をなぞるように、ちくりと甘い痛みが走るキスを落としてくる。「んっ……帝、くすぐったいですわ……」「一条陽太は刑務所へ逆戻り。今度こそ実刑は免れない。鷹司華音も家から完全に勘当され、二度と社交界の土を踏むことはない。……君を脅かす泥棒猫も害虫も、この世界から一匹残らず排除された」 帝の大きな手が私のドレスの背中のファスナーへと伸び
「ま、待ってくれ結月! そそそ、それは前世の俺が……やってしまったことで……今、ひどいことをしたと心から反省して、君を、君だけを愛すると誓うから!! だからどうか、許してくださいお願いします!!!!」 なんかわからんけど、かなりピンチなようだ。 そもそも、結月まで生まれ変わりなんて聞いてない!! 俺は今世で勝ち組スーパースターだったはず! 億万長者になっていい女いっぱい囲って、楽して生きていけると思っていたのに!! それが……「一条陽太さん。私は何度土下座されても、許してくださいと言われても、絶対に許しませんし、私の中から永遠に退場してください。そういうことですから、もう二度とあなたとお会いすることはございません」「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁあああああッッッ!!!」 俺の絶叫が、VIPルームの無機質な壁に虚しく跳ね返る。 許さない? 永遠に退場? 嘘だろ、嘘だと言ってくれよ!!「結月ぃぃぃ、 頼むよ! 俺が悪かったってば!! 俺たち、前世では夫婦だっただろ!? 運命の赤い糸で結ばれてるんだよ!! 諸星みたいな冷酷な男と結婚したって幸せになれるわけない! 俺なら……俺ならお前を一番に――」「黙れ、薄汚い害虫が」 諸星帝の氷点下の怒声を浴びた瞬間、俺の喉は恐怖でヒュッと引き攣り、言葉が強制終了させられた。 帝はゴミを見るような冷徹な眼差しで、控えていた警察官
パチ、パチ、パチ。 静まり返ったVIPルームに、耳障りなほど優雅で冷徹な拍手の音が響き渡る。 クローゼットの奥から姿を現したのは――完璧な仕立ての漆黒のタキシードを纏った諸星帝。 そして、その逞しい腕に寄り添い、本物のティアラを戴いた白峰結月だった。「ゆ、結月…… 諸星……どうしてここに!?」「相変わらず、哀れなほどおめでたい頭をしておいでですこと」 本物の結月は、アイスブルーのドレスの裾を揺らしながら、まるで道端の汚物を見るような冷え切った眼差しで俺を見下ろした。「保釈されたばかりの害虫が、鷹司華音と手を組んで何を企むかなど、すべて筒抜けでしたのよ。裏口の警備員が受け取った賄賂の口座記録も、あなたが購入したスタンガンの履歴も……すべて白峰と諸星の調査部がリアルタイムで把握しておりましたわ」「な……ッ、最初から全部罠だったのかよぉぉおおっっ!!」「罠に飛び込んできたのは君の底知れぬ浅ましさだ、ゴミ虫」 帝が侮蔑を込めて吐き捨て、手元のスマートフォンを俺の目の前へ投げ捨てた。 床に滑り込んできた画面には、発表会場の正面エントランスの様子が生中継されていた。『離しなさいよぉぉっ! 私は鷹司家の令嬢よ! 無礼者ぉぉっ!!』
そして迎えた、運命の作戦決行日。 都内屈指の一等地にそびえ立つ、巨大コンベンションホール。 エントランスには無数の報道陣が詰めかけ、諸星グループと白峰ホールディングスによる合同新商品発表会の看板が誇らしげに掲げられている。 俺は作業員風の濃紺のツナギを着込み、帽子のツバを深く目深に被って、華音から指示された地下の搬入口へと回り込んだ。もう骨折も無事に治って(なんせ驚異の回復力!)万々歳。 やっぱ前世の記憶持ちは体の治りも違うぜ~。 華音が買収したという裏口の通用門。 見張りの警備員は俺の姿をチラリと確認すると、何も言わずにカードキーをかざして電子ロックを解除してくれた。(へへっ、楽勝すぎ! やっぱり金とコネを持つ女を味方につけると話が早ぇや!) 俺はツナギのポケットに手を突っ込み、忍ばせてあるスタンガンの冷たい金属の感触を確かめた。もう片方のポケットには、強力な睡眠薬を染み込ませたハンカチとビニール袋が入っている。「控え室の場所は、地下からエレベーターで上がった三階のVIPルーム……」 薄暗いバックヤードの廊下を足音を殺しながら進む。 警備の目は見事に手薄だった。華音の手回し通り、発表会の直前でスタッフ全員がメインステージの設営に駆り出されているのだろう。 三階に到着し、重厚な絨毯が敷かれた廊下の奥へと進む。 金文字で『VIP ROOM』と書かれたドアの前に立った。ドアはわずかに
「結月を……奪い返す……!?」「ええ。今週末、諸星グループと白峰の合同新商品発表会があるわ。あの泥棒猫が調子に乗って表舞台に出てくる晴れ舞台よ。私の手引きで裏口の警備に穴を開けるから、あなたが控え室に押し入って結月を攫いなさい」 華音のギラついた瞳が、アクリル板越しに俺の顔を舐め回すように見つめてくる。「結月を薬で眠らせて遠くの隠れ家に監禁するの。車も場所も私が手配してあげるわ。結月さえ手に入れば、前世の記憶を持つあなたが裏から脅して、白峰の株も資産もすべて奪い返せるでしょう?」「確かに」「帝様が最愛の女を失って絶望しているところを、私が優しく慰めて、諸星家の正妻の座を奪い取る。……完璧なシナリオだと思わない?」 ドクドクと、頭の中で血が逆流するような熱い感覚が全身を駆け巡った。(そうだ……! 俺が結月を取り戻せば、すべて元通りになる!) 前世で俺が何を言っても「はい、陽太さん」と従っていた大人しい結月。 あいつは今、諸星の金と権力に目が眩んで強がっているだけなのだ。俺の腕の中に閉じ込めて、前世の記憶と恐怖をたっぷり叩き込んでやれば、泣きついて俺の言うことを聞くに決まっている。白峰の金も、失った実家の借金も、全部結月に払わせればいい。「乗った……! 乗ったぞ、華音さん!!」 俺は痛む右手首も忘れ、アクリル板をバンッと叩き返した。
「はぁ……」 私はため息をついた。 天井のしみを、もう何百回数えただろう。 白い天井に走る、雨漏りのあとのような薄茶色のしみ。三つ、いや四つ。数えるたびに増えていくような気さえする。かつての私なら、こんな安アパートの天井を見上げて死ぬ日が来るなんて、想像すらしなかった。 白峰結月(しらみねゆずき)。白峰ホールディングスの一人娘として生まれ、何不自由なく育った。海外の大学で経営学を修め、二十代の半ばで財閥の中核事業を任され——そして三十を過ぎた今、私は、すべてを失った。 医者は、過労と慢性的な栄養失調が重なったのだと、淡々と告げた。笑ってしまう。財閥令嬢として生まれた女が、その日の食
それどころか、前世の一条グループじゃ逆立ちしても手が届かなかった財界のドン・武藤会長に自分からすり寄って、なんかクソ難しそうな半導体の話をして、あっという間に気に入られてやがる。 俺にわからねえ話で盛り上がるなんて……生意気だ!「おい、ふざけんなよ……! なんであいつ、俺をあんなゴミを見るような目で見たんだよ……っ!?」
「な、んでだよ……っ!!」 俺は、武藤会長を連れて女王様みたいに華やかに去っていく白峰結月の後ろ姿を、ただ口を開けて見つめることしかできなかった。 驚きとパニックに、名刺入れを握る指先がみっともなくガタガタと震える。 周囲の連中が「何だあいつ?」と俺をクスクス笑っている気配がして、顔がカッと熱くなった。 おかしい。こんなの絶対におかしい!
その困ったような笑顔。前世で私の心をいとも簡単に溶かしたあの顔。 不思議だった。あれほど焦がれた表情を前にしているのに、私の心は凍った湖のように静かだった。 手を伸ばして彼に武藤を紹介し、二言三言の助言を与えれば、彼はすぐに息を吹き返す。そしてまた、あの幸福で——その実、破滅へと続く十年が始まるのだ。 私はゆっくりと微笑んだ。 前世の私なら、ここで罪悪感に押し潰されていただろう。困っている人を見捨てる冷たい女だと、自分を責めたはずだ。けれど私を無情に切り捨てた男のために、これ以上、自分の優しさを安売りするのは——終わりにする。「ごめんなさい。人違いだと思いますわ」「えっ……







